2026年5月21日、日産自動車グローバル本社にて、代表取締役社長兼最高経営責任者(CEO)であるイヴァン・エスピノーサ氏とAJAJメンバーとの意見交換会が開催された。会長、理事をはじめ、抽選で選ばれた合計20名の会員が参加した。
参加者の多くがやや緊張した面持ちで席に着くなか、最初に印象に残ったのは、エスピノーサCEOの極めてオープンな姿勢である。
冒頭、エスピノーサCEOは「今日は私のことをイヴァンと呼んでください」と語りかけたうえで、自身がクルマを深く愛していること、そして新しいクルマや日産の将来について語り合うこの場を楽しみにしていることを率直に述べた。さらに、会社の回復、今後のビジョン、将来の商品や技術の方向性について「何でも聞いてください。答えられることには答えます」と話し、最初からフラットな空気を作ってくれた。
そして意見交換会が始まった。
この日のラウンドテーブルで印象に残ったのは、エスピノーサCEOの回答が、どの質問に対しても思った以上にまっすぐだったことだ。
もちろん、企業トップとして答えられることと答えられないことはある。将来の商品計画や他社との関係、経営判断に関わる話題になれば、言葉を選ぶ場面も当然あった。しかし、それでもエスピノーサCEOは、質問をかわすよりも、できるだけ自分の言葉で返そうとしていたように見えた。
冒頭から、話題はかなり幅広かった。テレビCMにおける運転姿勢の見せ方、安全に対する考え方、日産車が持つ細かな配慮をもっと積極的に伝えるべきではないかという指摘。そこからAI、SDV、自動運転、商品ラインアップ、日本市場へのコミットメント、スカイラインやGT-R、シルビアといった日産の象徴的なモデル、さらにはホンダとの協議終了に関する聞きづらい質問にまで及んだ。
そもそもこの場は、新車発表会ではなかった。事前に整えられたプレゼンテーションを聞き、予定された質疑で終わるようなものでもない。AJAJ会員がそれぞれの立場から、日頃から感じている疑問や、あえて聞いておきたいことを投げかける。エスピノーサCEOは、それを受け止めながら答えていく。そのやり取りの中で、現在の日産がどこへ向かおうとしているのかが、少しずつ見えてきた。
核にあったのは、やはり「お客様」である。
ラウンドテーブルをふり返ると、エスピノーサCEOは何度もこの言葉に立ち戻った。規制がどう変わるのか。市場がEVへ向かうのか、ハイブリッドへ向かうのか。自動運転はどこまで進むのか。そうした大きな流れを読むことはもちろん必要だが、最終的にクルマを選ぶのはお客様である。政策や企業側の都合だけで、お客様が欲しくないものを買ってくれるわけではない。だからこそ、日産はもう一度、お客様が何を求めているのかを深く理解しなければならない。そこに、現在の日産再建の出発点がある。
たとえばAIについての議論も、単なる技術論には終わらなかった。エスピノーサCEOは、AIを「クルマを賢く見せるための装備」としてではなく、お客様の生活をより自然に、より楽にするための手段として語った。ワイパーを動かせばライトが点く。ドライバーの表情や状態を読み取り、クルマがその人の好みや不安を理解する。そうした細かな積み重ねによって、クルマとの関係はもっと人に近づいていくという考え方である。
自動運転についても同様である。エスピノーサCEOが強調したのは、ドライバーを不要にすることではなく、移動時間の「価値を変える」ことだ。たとえば週末の移動で2時間をクルマの中で過ごす。その時間を、仕事の準備に使うことも、家族と話す時間に変えることもできる。自動運転の価値は、手放し運転そのものにあるのではない。クルマの中で過ごす時間を、お客様にとって意味のあるものにできるかどうかにある。
ただし、その一方で、日産はこの技術を急いで押し出すつもりはないとも語った。社会が不安を感じるような形で導入するのではなく、まずはレベル2プラス、さらにその先へと段階的に進めていく。ドライバーが、クルマの制御を少しずつ信頼できるようになる。その積み重ねがあって初めて、より高度な自動運転も受け入れられる。技術を先に立てるのではなく、人の感覚に合わせて進める。そこにも、エスピノーサCEOのいう「顧客中心」の考え方が表れていた。
商品についてのやり取りは、さらに踏み込んだものだった。
日本市場では、ノートのようなコンパクトカーと、その上のファミリーカーの間に空白がある。エスピノーサCEOは、そのことを認めた。しかし、そこに単純に他社と同じような商品を投入すればいいとは考えていない。すでに市場ができ上がったところへ遅れて入り、同じようなクルマを出しても、日産らしい価値にはならないからだ。
そこで必要になるのは、独自性である。エルグランドについての発言には、それがよく表れていた。エルグランドは、ただのミニバンではない。日産の技術、洗練、乗り味、そしてブランドとして積み重ねてきたものを持つクルマでなければならない。既存の市場に合わせるだけではなく、そこに日産ならではの答えを出す。その意識が感じられた。
スカイラインについての話は、さらに象徴的だった。エスピノーサCEOは、スカイラインを販売台数だけで測るべきクルマとは見ていない。むしろ、今の日産が何を取り戻そうとしているのかを示す存在として語った。スカイラインという名前には、多くの人がそれぞれの記憶を持っている。だからこそ難しい。どの世代にも理想のスカイラインがあり、少しでも外せば失望につながる。
それでも、スカイラインをやるなら本気でやらなければならない。数字のためではなく、何を守るのかを考えなければならない。エスピノーサCEOの言葉からは、スカイラインを単なる商品ではなく、日産の変化を示すメッセージとして見ていることが伝わってきた。
スポーツカーへの思いも率直だった。GT-Rは日産にとって、そして自動車業界にとってのアイコンであり、続けなければならない存在だと語った。ZにはZのファンがいる。そして、その下にもう一台、若い世代が手に取りやすいスポーツカーが必要だという。シルビアの名前が出たとき、エスピノーサCEOは簡単ではないとしながらも、個人的には強い思いを持っていると述べた。
現在の安全規制や事業性を考えれば、かつてのような軽量で手頃なFRスポーツをそのまま再現することは難しい。だが、だからといって不要だとは言っていない。むしろ、そうしたクルマを求めるお客様がいることを理解しているという。ここにも、数字だけでは割り切れない日産らしさへのこだわりがあった。
聞きづらい質問にも、逃げる姿勢は見えなかった。ホンダとの協議が終了した件についても、エスピノーサCEOは、自身が統合協議そのものに深く関わっていたわけではないと説明したうえで、過去への恨みや特別な感情はないと語った。重要なのは、今の日産がどう変わるかである。未来を完全に予測することはできない。だからこそ、変化に対して機敏に動ける会社になる必要がある。開発を速くし、お客様の変化に反応できる会社にする。その姿勢を明確にした。
日本市場への思いも強かった。エスピノーサCEOは、日本は日産にとって最重要市場のひとつであり、日本を忘れることはないと語った。日産は日本の会社であり、日本には優れたエンジニアやデザイナーがいる。だからこそ、日本は日産にとって特別な市場でなければならない。同時に、日本は輸出拠点としても重要であり、日本の自動車産業全体を支える意味でも、競争力ある商品を生み出す必要があるという考えを示した。
そして何より印象的、いや驚きだったのは、エスピノーサCEOが「日産は道を見失っていた」と率直に認めたことだ。
かつての日産には、街で見かけた人が思わず振り返るようなクルマがあった。乗ってみたい、所有したいと思わせるクルマがあった。しかし、いつしか数字を追いすぎ、他社を見すぎるようになった。販売台数や事業性はもちろん重要だ。だが、それは目的ではない。良い商品を作り、お客様がそれを好きになり、結果として数字がついてくる。本来はその順番でなければならない。
この言葉は、今回のラウンドテーブル全体を貫いていたように思う。
日産は、もう一度「クルマの会社」に戻ろうとしている。ここでいうクルマの会社とは、単に自動車を製造する企業という意味ではない。お客様の生活を見つめ、エンジニアが細部にこだわり、デザイナーが心を動かす形を考え、商品企画が市場の隙間ではなく人の気持ちを見に行く。そういう会社である。
今回の勉強会で示されたのは、すぐに答えが出る話ばかりではなかった。GT-Rも、シルビアも、スカイラインも、自動運転も、日本市場の再構築も、すべて簡単なテーマではない。しかし、少なくともエスピノーサCEOの言葉からは、日産が何を失い、何を取り戻そうとしているのかは伝わってきた。
それは「お客様を笑顔にするクルマを作る」という、言葉にすればごく当たり前のことだ。しかし今の日産にとって、その当たり前をもう一度本気でやり直すことこそが、再建の核心だと感じた。
| ■出席者(20名) |
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| 会田肇/有元正存/石川真禧照/大音安弘/岡崎五朗/日下部保雄/菰田きよし/鈴木健一/鈴木直也/髙橋アキラ/高山正寛/竹岡圭/中村孝仁/西川昇吾/西村直人/藤島知子/森川オサム/諸星陽一/吉田由美/ピーター・ライオン |



