「シェル・ルブリカンツ・ジャパン勉強会」レポート

2026年8月19日、神奈川県愛川町のシェルルブリカンツジャパン技術研究所にて、日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)を対象とした勉強会が開催された 。自動車の電動化や環境規制が進む中、内燃機関や次世代モビリティの性能を支えるエンジンオイルの役割について、座学と実験室での実務体験、開発設備の視察を交えた半日間のプログラムであった。潤滑の基礎から最新のトレンド、供給を巡る地政学的リスクまで、ルブリカンツオイル(潤滑油)側からのアプローチを学ぶ、めったにない機会となった。この勉強会の内容を報告する。

オイルの基本構造とエンジン設計の変遷

シェルルブリカンツジャパン技術研究所長 長富悦史氏
技術研究所長の長富悦史氏からは、研究所などの歴史が紹介された。

プログラムは技術研究所長の長富悦史氏による挨拶から始まった。1966年に開設された同研究所は、2026年で60周年を迎える。続いて、マーケティング部長の岡哲浩氏から、シェルブランドの事業展開と潤滑油市場の世界的動向について説明された。高性能オイルの核となる「グループ3」ベースオイルは生産拠点がアジアと中東に偏在しており、ホルムズ海峡などの物流地政学的リスクが、世界の高性能オイル供給の安定性に直結しているという緊迫した構造が示されたのだ。

シェルルブリカンツジャパン マーケティング部長 岡哲浩氏
マーケティング部長の岡哲浩氏から、シェルの事業展開と潤滑油市場動向が説明された。

続いて、技術研究所担当マネージャーの羽生田清志氏によるオイルの基礎講義、および品質保証室プロダクトマネージャーの丸山竜司氏によるオイルの歴史的変遷の解説が行われた。 オイルは「基油(ベースオイル)」と「添加剤」約で構成され、高度な配合バランス(処方)が要求されること。また、エンジンの時代的トレンドが変わるたび、オイルに求められる耐摩耗性や音抑制の重要度は変わり、オイル設計も変化してきたことが説明されたのだ。そして、「エンジンにも、エンジンオイルにも、いまなお進化できる余地がある」と丸山氏による力強い言葉でレクチャーは閉められた。

シェルルブリカンツジャパン 技術研究所担当マネージャー 羽生田清志氏
技術研究所担当マネージャーの羽生田清志氏から、オイルの基礎講義が説明された。
シェルルブリカンツジャパン 品質保証室プロダクトマネージャー 丸山竜司氏
品質保証室プロダクトマネージャーの丸山竜司氏から、オイルの歴史的変遷の解説が行われた。

添加剤がもたらす物理的効果の検証

座学終了後に、実験棟においてエンジンオイルのブレンド体験と評価試験機の見学が行われた。

エンジンオイル ブレンド体験
実験棟においてエンジンオイルのブレンド体験が行われた。

ブレンド体験では、ベースオイル99.9gに対して特定の添加剤をわずか0.1g投入する精密な計量作業を行った。わずか一滴の違いが全体の比率を崩すため、慎重な操作が求められる作業であった。調製されたオイルは加熱しながら撹拌され、無色透明のベースオイルから琥珀色の潤滑油へと変化することも見学できた。

ブレンド体験 計量作業
ブレンド体験では、ベースオイル99.9gに対して特定の添加剤をわずか0.1g投入する精密な計量作業を行った。

続いての見学は、調合されたオイルの性能を検証する「シェル四球試験」だ。名称に「シェル」とあるのは、シェルが開発したのが理由。この試験方法は、現在では一般化されており、競合他社も同じ試験を行っているという。

シェル四球試験
調合されたオイルの性能を検証する「シェル四球試験」。

試験の内容は、固定したベアリング用金属球3個の上から1個の球を押し付けて高速回転させるもの。この潤滑に性能を検証するオイルを使う。潤滑性能が足りないと焼き付いてしまうし、性能が十分であれば焼き付かない。見学の試験では、最初に添加剤の入っていないベースオイルのみで行われ、その次に添加剤を追加したオイルで試した。ベースオイルでの試験では、焼き付きこそしなかったが、金属球は熱で変色し、一部が溶解していた。添加剤を含むものは問題なし。わずか0.1gの添加剤で明確な違いが発生していたのだ。

シェル四球試験 金属球
「シェル四球試験」で、左側が変形した金属球と、右手前が問題のなかった金属球となる。

さらに、ブロック・オン・リング試験機を用いたデモンストレーションを見学。ベースオイルで回っている部分に摩擦調整剤を数滴投入すると、モニターに表示された摩擦係数の数値が速やかに低下し、抵抗低減が確認された。

ベンチにおけるエンジンの燃費と物理抵抗の計測

実機評価の現場では、本格的なエンジン・ベンチ試験設備を見学した。 試験には、実際にガソリンを燃焼させて評価する「ファイアリング試験」と、外部モーターによって強制的に回す「モータリング試験」の2種類がある。 トヨタ製の1.8Lエンジンを用いたファイアリング試験では、規定の走行パターンに沿って消費されたガソリン量をミリグラム単位で精密に計測し、オイルが実用燃費に与える影響を直接評価。 日産製のエンジン等を用いるモータリング試験では、ガソリンを燃焼させないことでブレを排し、ピストンやカムなどで発生する純物理的なフリクション抵抗を評価。再現性では、ファイアリング試験よりも、モータリング試験の方が優秀であるという。一つのオイルの試験であっても、ファイアリング試験には数日、モータリング試験で1日の時間がかかる。膨大な時間と緻密な段取りが費やされる試験であるという。

オイル開発は終わりのない挑戦

クルマに乗るたびに感じる「エンジンの滑らかさ」、そして重要視される「燃費の良さ」といったものは、エンジンだけでなく、それを潤滑するオイルも大いに貢献している。わずか1%に満たない添加剤の調整や、地道なベンチ試験の繰り返しといったプロセスの存在を知ることで、これまでブラックボックス化しがちだったオイルの存在感が極めてリアルに感じられた。

また、現在、モビリティは電動化を推進しているが、ハイブリッドなどエンジンが存続する期間はまだまだ長い。そこではさらなる省燃費も求められるため、オイルの重要度は、これからも高まるばかりだろう。さらに内燃機がなくなったとしても、超高速回転するモーターの冷却や駆動用ギヤの潤滑など、オイルの重要性は継続する。オイル開発は、モビリティが続く限り、終わりのない挑戦ということだ。地道な開発に対する敬意を新たにする勉強会であった。